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信沢 保の PORSCHE 特集 のホームページ |
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2003/9月号 スポーツカーを生んだ大衆車 いやね、僕だってポルシェのミニカーしか持ってないわけじゃないんで。ちゃんと別の車もあります。それにしても、マジョレットってのは毎年毎年色違いを出してくるのに、入手経路がスーパーのお菓子売り場ときてるから集めるの大変だね。 「写真」Majorette VW BEETLE |
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ポルシェを語る上では、この車の存在を触れずにはいれない。 ポルシェと言ってもフェルディナントの息子がいきなり造ったわけじゃない。そこにフォルクスワーゲンという車があったからこそできたもの。ポルシェの第一号車には多くのワーゲンのパーツが使われていた。そういえば中学の図書室にビートルのことをひたすら「かぶとむし」と呼ぶ本があったな。題名は「ポルシェ博士」だった。 まだ第二次大戦が起こる前、ヒトラーは当時非常に高価だった自動車を、国民にも買える値段にしたかったらしい。ヒトラーはかなりの車好きだったようで、愛車のベンツをできる限り改造して乗っていたという。しかし免許はないので、専属の運転手がいつもハンドルを握っていたのだろう。ヒトラーの大衆車計画に、自動車設計事務所をやっていたポルシェ博士に白羽の矢が向けられた。ポルシェ自身も大衆車を作りたいと常々思っていたので、この話に乗った。ヒトラーから提示された価格、開発期間などは少しくらい引き延ばすこともできるだろうと踏んでのことだった。 ポルシェは何台かの試作品を作り、「国民の車」という意味のフォルクスワーゲンは完成した。ヒトラーの望んだ通り、空冷エンジンをリアに載せ、一家族と荷物が乗る大衆車だった。しかし車が出来上がってみると、ヒトラーは突然この車をKdFと名付けてしまった。ドイツ労働前線のスローガンで、和訳で歓喜力行という。まあ大変とばかりに、出来上がった車にあるフォルクスワーゲンのマークを急いで削り落としたのだった。 KdFは労働者が毎日働いて、スタンプブックにスタンプを貯めていくと買うことができた。しかしKdFが国民の手に渡ることはなく、第二次世界大戦がはじまると、ワーゲンの工場はたちまち兵器工場へと路線変更した。工場からはキューベル・ワーゲンやシュビム・ワーゲンなどを始めとして、多くのワーゲンベースの軍事車両が生産された。ジープ的な存在のキューベルは敵国が欲しがったと言われるほどで、皮肉にも「国民の車」は戦場でその性能を発揮したのだった。 ドイツの負けで戦争が終わり、爆撃でKdFの工場は大打撃を受けていた。ヒトラーの命令で作られたKdFが人々によって破壊されるのを止めたのが、イギリスの士官だった。彼はこの車の価値を見出していた。ことごとく破壊され、この歴史から消し去られるのを免れたKdFとその工場は、ほとんど無理矢理にノルトホフという人物に託された。戦前、ワーゲンと競って大衆車を作ろうとしていた人物だった。 しかし彼はフォルクスワーゲンの生産と販売とサービス網の充実に全力を尽くしたのだった。その努力によって、フォルクスワーゲンは大衆の手に渡っていったのである。ヒトラーとは違う、世界征服の姿だった。フォルクスワーゲンは世界のどの国に行っても、元気に走り回っている姿を見ることができるようになっていた。 ドイツでの生産が打ち切られてからも、メキシコ工場などで生産が続けられた。世紀を超えて、フォルクスワーゲンは増殖しつづけたのだった。そんなワーゲンはカー・オブ・ザ・センチュリーのトップの五台にポルシェ911と共に選ばれた。結局一位はT型フォードに譲った。 メキシコで生産が続いていたビートルだが、この七月で生産終了。とうとう来たか、といった感じだ。しかし戦後、崩壊したKdFの工場を見て、まさかこの車が世界中で愛され21世紀にまで渡って作られつづけると、誰が予想しただろうか。この車を作り出したポルシェ博士自身も、想像がつかなかっただろう。だが今になっても登下校の間にビートルの姿を見ることができるし、トイザらスにレゴを買いにいったときには4台のビートルとすれ違うことができた。(だいいち家の駐車場にはビートル二台ととタイプ2が一台) ビートルの生産が今終わろうと、ビートルがこの世から消え去ってしまうわけではない。路上からも、おもちゃ売り場からも、人々の記憶からも消えることはなく、今後も多くのビートルを実車やミニチュアの世界で数えることができるだろう。 20世紀において、これほどまでに人々の生活に影響を与えた工業製品は、自動車以外にはないという。カー・オブ・ザ・センチュリーは速い車を選ぶのではなく、どれだけ人々の生活や社会に影響を与えたかが問われる。その点ではT型フォードが一位かもしれないが、ビートルは今でも僕たちの生活の中にいる。フォルクスワーゲンはまさに大衆のための車であり、最後の一台が朽ち果てるまで、人々の生活の中で走っていくべき――走っていける車である。 あとごめん。自分の記憶だけで書いたから、何か間違ってるかも。 |