1999年8月22日にスタートした私の「PORSCHE TOYS」は今月で丁度10周年になります。ポルシェのミニカーを集めて紹介するという、ただそれだけのことをこの10年間続けてきました。ただ今月号は、このサイトと自分自身の10年間を振り返ってみたいと思います。それだけでは何なので、各年の新キャストを一緒に紹介します。
10周年を記念してポルシェトイに関する記事を皆様から募集したいと思います。詳しくは別ページで→CLICK HERE !!
1999年
本当なら恐怖の大魔王がこの年の7月に現れていたはずでした。小学校最後の夏休みで、私は父と一緒にホームページを作りました。このことはHP開設以来トップページに書かれているため、何度も訪れている方はご存知かと思います。パソコンなんてほとんど使ったこともなく、またインターネットというものも小学生はよく知らなかった時代でした。発案者は父で、私の2大趣味であるポルシェのミニカーのコレクションとレゴブロックを組み合わせたホームページを作ろうというコンセプトで始まりました。当時のコンテンツはポルシェの歴史をミニカーの写真と共に解説するというものでした。本当は今でもこれがメインなのですが、更新していないため今でも「PRODUCTION PORSCHE」と「RACING PORSCHE」のページに飛べば昔のままの写真と文章を見ることができます。写真撮影や実際のHTMLソース打ちは父が担当しており、私はミニカーの提供と文章を担当しました。最初のHPタイトルは「信沢保のPORSCHE HOME PAGE」でした。
完成したホームページはプリントアウトして学校に提出しました。ホチキスで一まとめにしたプリントアウトは他のみんなの工作やらと一緒に廊下に展示され、友達に見てもらったことを覚えています。
画像はホットウィールの1999FEのポルシェ911GT3カップです。ホットウィールは1999年から日本への正規輸入を再開しました。コロコロコミックでも毎月見開きカラーページで紹介されており、家族そろってホットウィール狩りにはまっていきました。そしてHP製作と前後して私のミニカーコレクションは加速していったのでした。
2000年
普通ホームページを作ったばかりの頃というのは、楽しくて毎日のように更新したくなるものですが、私のサイトは作ったまましばらく放置されることになります。なぜなら私自身にはHTMLソースコードを書くスキルがなかったからです。
4月から私も中学生になりました。一年生で東京への修学旅行があり、そのレポートをホームページにするという授業がありました。HP製作はタグ打ちではなくビルダーを使って行ったのですが、その頃私はミニカーのカラーバリエーションなんかを詳しく紹介するコンテンツを作りたいと考えていました。
しかしそれを実行に移すことはなく、この頃の私は小学生の時から続けている小説を書くことに没頭していました。ミニカーコレクションはまだまだホットウィールに夢中になっており、ポルシェやワーゲンは勿論のこと、アメ車やオリジナルデザインの車をたくさん集めていました。
画像はモーターマックスの996カレラ。モーターマックスは1999年に設立されたばかりの新しいブランドで、2000年頃には私はまだ認知していませんでした。
2001年
この年も去年と何ら変わらずに過ごしていたと思います。ホットウィールは日本語カードが廃止され、新デザインの英語のカードになりました。新カードになったこの一年目まではホットウィールにとても熱い情熱を注いでいました。最初の頃は普通にトイザらスに行けば格好いいモデルを入手することができましたが、だんだんと競争率が高くなり入手が難しくなっていきました。
中学二年生で自宅にあったマッドマックス2のビデオを観賞し、初見ではない(一年前にもテレビで見ている)にも関わらず大ファンになりました。私は好きになった映画は学校から帰ると毎日のように見るのが習慣でしたが、この時のお気に入りはマッドマックス2でした。この頃はホットウィールもマッドマックステイストのあるモデルを探していました。
画像はオートアートの996カブリオです。1/64を作り始めたオートアートの最初期モデルです。トイザらスでも扱われていたと思いますが、この頃は高いモデルを無理して入手するようなことはありませんでした。
2002年
トイザらスではホットウィールはつまらない車種ばかりになりました。争奪戦が非常に熾烈になっていたからです。噂によるとその道のプロたちが店のオープンと共に買っていくという話でした。それでも、他の店を回ったりして細々とホットウィールのコレクションは続けていました。
四月からは三年生になり、夏が終わると部活動から解放され、毎日楽しい日々を送っていました。しかし部活が終了するのは受験に備えてのものです。将来のことなど一切分からない私は、周りの流れで市内で一番優秀な公立校と滑り止めで私立を受けることになりました。
三年生の頃には私もインターネットをよく閲覧するようになっており、大人が作ったレゴ作品をいつも見ていました。2002年末頃、それまで幼稚なお遊びだったレゴを、本格的な作品作りとして行うようになっていきました。
画像はマッチボックスの996ターボ。老舗ブランドのマッチボックスもマテル傘下になっていました。このモデルや現在のマッチボックスを見るに、この道は間違っていなかったと言わざるを得ません。
2003年
2003年になる頃にはホットウィールへの情熱はかなり冷めていました。しかしこれによってミニカーコレクションが途絶えてしまったわけではありません。トイズオフの存在を知ったのがこの年の正月でした。トイズオフというのはブックオフのおもちゃ版のような存在で、小さな中古のおもちゃが100円で売られていました。そのミニカーコーナーにはたくさんの3インチモデルがカゴに入っていたのです。初めて行った時は夢中でカゴを漁りました。そこでたくさんの未入手のポルシェを手に入れることができました。それから私のコレクションは、ポルシェ専門という本来の道に戻りました(今までポルシェを集めていなかったわけではありませんが)。
そうして多くの新たなモデルを入手した私は、早速放置していたホームページに反映させることにしました。新しい車種を追加したり、既存のページの更新を行いました。まだHTMLの知識はほとんどなかったのですが、ソースを見て文章のところだけを変えるというやり方で更新していました。
ミニカーばかり買っていたせいか、高校は滑り止めの私立しか受かりませんでした。受験が終わり、これから高校生になるというとき、私は初めての特集記事を書きました。2003年4月号から毎月、ポルシェについての色々を紹介するという趣向で特集はスタートしました。特集は実車を主体にした話から始まりましたが、もう一つの目的はミニカーのバリエーションを紹介することでした。その第一弾として取り上げたのがソービです。ここからミニカーメーカー別特集が始まりました。
またこの年はネットを介したミニカーのトレードを初めて行った年です。ミニカーのコレクション活動がこのサイトを中心にして大きく変化した年でした。
ネットの掲示板に初めて書き込みをし、そのときマッドマックスに出てくる車からイエロー・インターセプターというハンドルネームを自分に付けました。今では縮めてイエローという名前を使っています。
他にもこの年の7月にレゴの別サイトを立ち上げました。マッドマックス2をレゴで完全再現することを目標にしたサイトですが、かなり無謀な計画だった為達成できずに終わりました。
画像はリアルトイのボクスターです。1999年にも993カップカーで私を虜にしたリアルトイが、さらにレベルアップして帰ってきました。私はかなりの台数をトイザらスで購入しました。
2004年
高校時代はトイズオフで掘り出し物を探すという方法が主なコレクション方法になっていました。この年から(厳密には前年)購入記録というコンテンツを設置し、買ったミニカーを写真に撮って記録していくことにしました。また学校帰りにトイザらスへ行くルートを見つけ、リアルトイなど新製品もチェックするようにしていました。この頃ホットウィールにはポルシェの新作はほとんどなく、購入記録にもあまり登場しません。
また初めて海外とのトレードというものを体験しました。外国とのつながりを持つことで、国内では入手困難なモデルを手に入れることができるようになりました。国内でも掲示板やメールで遣り取りをするコレクター仲間が増え、実に多くの方のご好意によってコレクション活動が成り立つようになっていきました。
サイトは開設して五周年。新しいデジカメが家にやって来ました。そのため7月の購入記録、特集の8月号からはピントの合っている綺麗な写真になりました。この年から各メーカーから過去にリリースされた3インチのポルシェのリストを作成するようになりました。
10月16日にHPタイトルを「信沢保のPORSCHE TOYS」に変更しました。サイトの内容がポルシェというより、ポルシェのおもちゃに主眼を置いているためです。この年は車種別の解説ページ、特集、購入記録などかなり頻繁に更新していました。
この年の一台はシクのカイエン・ターボです。ポルシェ初のSUVはポルシェにかつてないほどの利益をもたらしました。この時にポルシェはVWを買収しかけるに至る勢いを得たのです。このシクは海外トレードにて入手したものです。
2005年
ポルシェのミニカーコレクションにおいて2005年は非常に充実した年でした。相変わらずトイズオフにはよく通っていましたが、行き過ぎているためそんなに大きな収穫はありません。しかしニューイヤーミーティングの翌日から始まったコーヒーのオマケキャンペーンで、ポルシェを手に入れるためにコーヒーをかなり買い込みました。6月には京商の1/64コレクションでポルシェが登場。初めてネット通販で大人買いをしました。夏にはマッチボックスやリアルトイの新作がトイザらスに並び、再びコーヒーのオマケでゲンバラが登場……と新製品が目白押しでした。
ところが順調に見えたコレクションライフに陰りが見え始めました。今までとてもお世話になってきたトイズオフが各地で次々に閉店していったのです。私の地域の店もブックオフになってしまい、系列店のBキッズはミニカーの取り扱いがとても小さくなってしまいました。
しかしタイミングのいいことにトイズオフとほぼ同じスタイルのトイプラネットというお店が市内で開店しました。しかし自転車で行くにはちょっと遠いのが難点でした。
HPの方はトレード用のページを開設。この年の夏からレゴによる創作活動に力を入れ始め、車種別ページは更新しなくなりました。特集と購入記録は地道に更新していきました。
次の年に高校卒業となるので、私はまた進路を考えなければなりませんでした。このときも私は将来に対し特に何の展望も抱いておらず、適当な理由で志望大学を決定しました。
2005年、どこよりも早くリアルトイが997を出してくれました。この時の私はリアルトイに夢中になっていました。
2006年
中古ミニカーはトイプラネット、新製品はトイザらスという感じでこの年もミニカー収集に勤しんでいました。この年の頭は大学受験のための勉強をしており、息抜きに自転車でトイザらスに行っていました。大学も結局第二志望のところへ行くことになりましたが、そのキャンパスがトイプラネットのすぐ近くだったため毎日のように通うことができました。実家に残ったため、大学の近くの教習所で車の免許を取り、夏からは家の車で通学できたとあって私にとってはいいことが多かったです。
大学入学祝いということでいつものコレクター仲間から貴重なモデルを頂いたり、国内外とのトレードも頻繁に行っており、コレクションの多くが人様の協力によって成り立っていました。
中古屋巡りも車に乗れるようになったことで、少し離れた店でも手軽に行けるようになりました。新製品の方も後半には京商のポルシェ2と、リアルXのポルシェコレクションがあり、結構充実していました。特集ネタも意外と尽きることなく続いていました。年末にはVWネタも扱っていくことを明らかにしました。
ついに年末、私は念願の車を手に入れることになりました。
ホットウィールのカレラGTは1999年以来のポルシェのニューキャストでした。新しいホットウィールは素晴らしいモデルが多く、レギュラーに対する興味が少し復活しました。
2007年
この年もミニカーコレクションのスタイルは変わらず。二年生に上がる前に、始まったばかりのはるてんさんのトミカSNSに入会しました。トミカを中心に色々な3インチやその他のスケール、トイ、実車の話題で溢れており、私にとっては居心地の良いコミュニティでした。
二年生からはキャンパスが変わり、車で一時間ほどかかる場所に移ることになりました。トイプラネットからは離れてしまいましたが、自分の車を毎日走らせることができたので楽しい通学になりました。ミニカー集めは車を利用して土日に行うようになりました。
相変わらずレゴの創作活動を続けており、更新は毎月の特集と購入記録が主になっていました。以前は即日更新が多かった購入記録も、この頃から月一でまとめてアップロードすることが多くなりました。また年末のトミカ特集を最後に、やりたかった内容はほぼ終了し、特集も近いうちに終わりになっていくものと思っていました。過去に特集したメーカーの新規入手モデルも増えていましたが、記事の特性上過去の特集に追加しづらかったため新しいサイトをオープンすることにしました。所有の小スケールポルシェを全種類掲載することを目的にした「PORSCHE TOYS Collection」です。
年の後半は他にも出来事があり、アメリカに住む偉大なコレクターP氏とメール交換をするようになりました。彼には珍しいモデルをたくさん譲ってもらいました。
マッチボックスもたくさん良いモデルを出していましたが、日本ではレギュラーがあまり身近ではありませんでした。この997GT3は海外から送ってもらったものです。
2008年
P氏他海外とのトレードをいくつも行いました。そしてトイプラネットで中古品探しに、トイザらスで新製品チェックといつも通りのスタイルでした。トイプラネットでもたまには未入手品の発見がありました。新製品は京商のVWとポルシェレーシング、コーヒーのオマケで1/72のルーフがあったりしました。
更新頻度はかつてないほど落ちていました。ただ特集は毎月更新しており、見た目上は以前とたいして変わらなかったと思います。特集の内容は以前よりも狭く深くなり、上記のような新製品もあったのでそこそこ充実していました。
三年生の夏ごろになると、周りはみんな就職のことを考えていました。ここにきても私はなりたいものが分からず、車が好きというだけで国内の自動車メーカーにエントリーしたりしていました。年末から企業調べなど本腰を入れて就活を始めました。
就活を始める前に半年はかかるであろうレゴのプロジェクトを始めており、いつまで経っても遊んでばかりの生活を送っていました。
ウェリーは現在の中国メーカーの中でも特に活発に新作を出しているメーカーです。この997カブリオもウェリーらしい高いクオリティで出してくれました。
2009年
この年の前半は就活を中心に動いていました。とはいえコレクションの方を休んでいたわけではなく、この年の頭に出た京商のポルシェ3はちゃんと箱買いし、トイプラネットにも行っていました。しかしペースが落ちていることは確かで、人様からの贈り物がとても多かったです。
そんな中でしたが、ミニカーショップイケダが出しているミニカーマガジンに記事を書かせていただいたのは良い体験になりました。
10社近く受けて落ちつづけたあと、第一志望といっても過言ではない残り最後の一社に合格し、5月末に内定を決めました。大学と同じく地元の会社です。
就活もあって前半の特集は比較的どうでもいい内容のものが多くなりました。特に「ポルシェトイの適当なレビュー」はなんの調査もいらずにすぐできる特集でした。
就活から解放された私は今現在また遊んでばかりの生活を送っています。
ポルシェのときは毎回買っている京商のミニカーコレクションから、997 GT3 RSです。京商は安価なこのシリーズで1/64の世界を一気に広げました。
以上が私の過去10年を振り返った歴史です。恐ろしいことに小学校の夏休みを過ごしたほんの10年後には就職先を見つけることになります。あなたが今現在小学生、またはその歳の子どもを持つ親だとしたら覚悟しておいた方が良いです。もし10年先という未来がたどり着くことのない遠い未来だと思っているなら、その予想は裏切られることになります。10年間はポルシェでいうなら996から997に進化する極短い期間でしかないからです。
